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福岡地方裁判所小倉支部 昭和59年(ワ)1051号 判決

反訴原告

政時義孝

ほか一名

反訴被告

豊関貨物運送有限会社

主文

原告両名の請求を棄却する。

訴訟費用は原告両名の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(請求の趣旨)

一  被告両名は、各自、原告政時義孝(以下「原告政時」という。)に対し、九〇七万一九九四円とこれに対する昭和五九年一二月一一日から完済まで年五分の割合による金員、原告志賀洋一(以下「原告志賀」という。)に対し、六一九万二六四六円とこれに対する昭和六〇年二月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告両名の負担とする。

三  仮執行の宣言

(請求の趣旨に対する答弁)

主文同旨

第二当事者の主張

(請求の原因)

一  交通事故の存在

1 事故発生日時 昭和五八年八月二〇日午後八時四〇分頃

2 場所 北九州市門司区北九州道路上り線

一・五キロポスト付近道路

3 加害車両 大型貨物自動車・山一一う六八七七(以下「加害車」という。)

4 同運転者 被告俵田恒治(以下「被告俵田」という。)

5 被害車両 普通乗用自動車・北九州五六ろ四一二八(以下「被害車」という。)

6 同運転者 原告政時

7 同乗者 原告志賀

8 事故の態様 接触事故

二  傷害の内容

1 原告政時関係

(一) 傷害の部位

頸部・右手挫傷、調節性眼精疲労および屈折異常。

(二) 治療経過

前田整形外科医院に昭和五八年八月二二日から一一月二五日まで入院(九六日間)、一一月二六日から昭和五九年六月二五日まで通院(実日数一六三日間)。

田原眼科医院に昭和五八年九月二六日から昭和五九年六月二五日まで通院(実日数一八日間)。

(三) 後遺症

調節性眼精疲労及び屈折異常で一二級の認定。

2 原告志賀関係

(一) 傷害の部位

頸部、腰部挫傷。

(二) 治療経過

前田整形外科医院に昭和五八年八月二二日から一二月二一日まで入院(一二二日間)、一二月二二日から昭和五九年五月二日まで通院(実日数七〇日間)。

(三) 後遺症

頸部挫傷によつて一四級の認定。

三  責任原因

1 被告俵田は加害当時加害車を自ら運転し、過失により前記一記載の交通事故(以下「本件事故」という。)を惹起した(民法七〇九条)。

2 被告俵田は加害当時被告会社の被用者であり、同会社の業務執行として加害車を運転していたものである(民法七一五条)。

また、被告会社は加害車を所有して自己のため運行の用に供していたものである(自賠法三条)。

四  損害

1 原告政時関係

(一) 治療費 金四万円

屈折異常のためメガネを購入した代金。

(二) 入院雑費 金九万六、〇〇〇円

入院日数九六日間に、一日当たりの金額一、〇〇〇円を乗じた額。

(三) 交通費 金五万五、四二〇円

前田整形外科医院に通院するため光貞台のバス停から黒崎バスセンターまで片道一七〇円であるから、通院日数一六三日間を乗じた額。

(四) 休業損害 金六三〇万六、六九〇円

原告政時は、秀栄商会(麻雀店)に勤務し、事故前三か月六六万円の給与を、また大峰工務店においてマイクロバス等を非常勤で運転して、同じく七六万四、〇〇〇円を、更に高崎利生の不動産業を手伝い、過去一年間に一一四万八、〇〇〇円を、家業であるお寺の篠栗参りの案内をして事故前三か月一三万円の収入を得ていた。そして、昭和五九年六月二五日まで休業を余儀なくされたのであるからこれらを計算すると次のとおりとなる。

(660,000円/90日+764,000円/90日+1,148,000円/365日+130,000円/90日)×309日≒6,306,690円

(五) 逸失利益 金三六七万四、六五〇円

原告政時は一二級の頑固な神経症状の後遺症があるから次のとおりの逸失利益がある。

{(600,000円+764,000円+130,000円)×12月/3月+1,148,000円}×0.14×3.5643=3,674,650円

(六) 慰藉料 金二八〇万円

入通院による慰藉料一二〇万円、後遺症による慰藉料一六〇万円、計二八〇万円が相当である。

(七) 損害の填補 金四七〇万〇、七六六円

原告政時は、自賠責保険、任意保険から四七〇万〇、七六六円の支払を受けている。

(八) 弁護士費用 金八〇万円

2 原告志賀関係

(一) 入院雑費 金一二万二、〇〇〇円

入院日数一二二日間に一日当りの金額一、〇〇〇円を乗じた額。

(二) 交通費 金二万三、八〇〇円

前田整形外科医院に通院するため則松から黒崎バスセンターまで片道一八〇円であるから通院日数七〇日間を乗じた額

170円×2×70日間=23,800円

(三) 休業損害 金三二五万三、三七四円

原告志賀は、北九州市八幡西区藤田四丁目二番八号で麻雀店「紳士クラブ」を経営、一か月少なくとも八〇万円の純益をあげており、昭和五八年一二月三一日まで一三二日間休業を余儀なくされたのであるから次のとおりの損害を受けたことになる。

800,000円/30日×122日≒3,253,374円

(四) 逸失利益 金八九万三、四七二円

原告志賀は一四級の後遺症があるから次のとおりの逸失利益がある。

800,000円×12月×0.05×1.8614=893,472円

(五) 慰藉料 金一八〇万円

入通院による慰藉料一二〇万円、後遺症による慰藉料六〇万円、計一八〇万円が相当である。

(六) 損害の填補 金四〇万円

(七) 弁護士費用 金五〇万円

五  結論

よつて、被告らに対し連帯して

1 原告政時は金九〇七万一、九九四円とこれに対する昭和五九年一二月一一日以降完済まで年五分の割合による金員

2 同志賀は金六一九万二、六四六円とこれに対する昭和六〇年二月一一日以降完済まで年五分の割合による金員の支払を求める。

(請求の原因に対する答弁)

請求の原因一、三及び四、1、(七)を認め、その余は否認ないし不知。

本件事故は加害車、被害車とも走行中の接触事故であるが、被害車両が側方もしくは前方に突き飛ばされるような事故状況ではありえず、被害車両の損傷程度からしても接触時の衝撃は軽微というべきである。原告政時の傷病名は「頸部・右手挫傷・調節性眼精疲労及び屈折異常」、原告志賀の傷病名は「頸部・腰部挫傷」ということであるが、原告らには本件事故を原因として右障害が生じる筈がない。原告らに対する診断書には種々症状が記載されてはいるが、いずれも原告らの主観的愁訴に過ぎず、真実他覚的所見というべきものは皆無である。原告らが、本件交通事故により長期間入・通院治療を受けた理由は定かではないが、この点については原告らがいずれも過去交通事故歴を有し、後遺症の等級認定を受けて高額の保険金を受領している事実、いずれも生命保険等の各種保険に加入し本件交通事故を原因として長期入院給付を受けている事実が注目される。

右のとおり原告らには入・通院治療を必要とする傷害は存しないから休業損害が生じることはないが、この点につき九州電力株式会社及び北九州市水道局からの回答によれば原告政時の勤務先、そして原告志賀が営業主である秀栄商会は「休業期間中」とされる昭和五八年八月下旬から同年一二月末まで営業を継続していたことがうかがわれ、原告らの供述の信用性が疑われるところである。

(抗弁)

原告志賀に対しては保険金等合計一一五万円が支払われているから同額が損害の填補となる。

第三証拠

本件記録中の書証目録、証人等目録のとおり。

理由

一  請求の原因一、三、四、1、(七)の各事実は当事者間に争いがない。

二  そこで本件事故による原告両名の受傷と損害発生の有無について検討するに、原告両名は請求の原因二、1、(一)、同2、(一)の傷害を受けた旨主張し、成立に争いがない甲第一号証の一ないし三、乙第一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第二号証の一七、二〇、二一、二八ないし三九、四八ないし六六、原告政時本人尋問の結果(第二回)とこれにより真正に成立したと認められる乙第二ないし八号証、原告志賀本人尋問の結果によれば、原告両名が右病名等により請求の原因二、1、(二)、同2、(二)のとおりの入通院をなしたこと、被告俵田は原告両名に加療七日間の傷害を与えたとして下関簡易裁判所で罰金三万円に処せられたことが認められるから、原告両名は入通院をなす程の傷害を受けたかの如くである。

しかしながら、まず本件事故の具体的態様についてみるに、右各証拠と成立に争いがない甲第一号証の四ないし八、一一、一二、原告政時本人尋問の結果(第二回)により真正に成立したと認められる甲第二号証の二三、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第二号証の五ないし一六、二二、二三、二五ないし二七によれば、本件事故は自動車専用道路である北九州道路の上り線二車線設置の通称奥田トンネル内で生じたもので、同トンネル内の道路幅員は約七メートルで、時速六〇キロメートルの制限があること、加害車は時速約七〇キロメートルで同トンネル内の第二車線を進行中、被告俵田において漫然、左に転把したところ、左側第一車線を走行していた被害車の右前部フエンダー、ドア付近に加害車左側の巻き込み防止柵が衝突したこと、被害車運転手の原告政時は慌てて左にハンドルを切つたが、トンネル内の左側内装板に当たりそうになつたので、再度右にハンドルを切つたところ、加害車左後輪と被害車右後部フエンダーが接触したこと、加害車は最大積載量約一〇トンの大型貨物自動車で、被害車は定員六名の普通乗用自動車であり、事故時、原告志賀は助手席シートを倒して仮眠していたこと、右事故による加害車の損傷は前記防止柵擦過等で極めて軽微であり、被害車は右フロントフエンダー(右前車輪上部)に長さ約三〇センチメートルの擦過痕、同じく右前ドア前部に一部線状凹みのある擦過痕、後部右側フエンダーに加害車タイヤによる擦過痕が残り、その補修費用見積りは約一九万円であつたことが認められ、これに反する証拠はない。

右のとおり、被害車修理見積額は塗装等のためもあつてやや高額となつているが、被害車の凹損はごく一部であり、加害車、被害車の速度、衝突後の両車の移動、進行状況等を考え併せれば、一歩間違えば大事故となりかねなかつたといえるものの、被害車の受けた衝撃自体は軽く、衝突というよりは接触事故と評価できるものである。

また、原告政時の事故時の負傷状況についての供述(原告第二回本人尋問の結果)をみるに、右手のみで運転していたところ、最初の衝撃により右ドア柱で頭部右側を打ち、ハンドルを急に切つた際に右手首を痛めた、というのであるが、右頭部打撲について治療がなされたと認めるべき証拠はなく、前記事故態様に照らして措信し難いが、打撲があつてもごく軽度のものであつたというほかはない。昭和五八年八月二二日付の診断書(甲第一号証の九)では頸部、左手挫傷と記載されており、また同日の司法警察員の調べに対しても同原告は左手に怪我をした旨供述しており(甲第一号証の七)、手の受傷部位については明らかに齟齬する。もともと、加害車の第一車線進入が突然であつたとしても、トンネル内を運転し、かつ大型車と並進する車の運転者が何らの注意を払わず、漫然と右手のみでハンドルを操作していたとは考え難く、原告も本件事故直前に加害車が一度寄つてきた際にやや危ないと感じた旨述べている(原告政時第二回本人尋問の結果)こと、また第一車線は幅約四メートルであり、左側壁があるから原告政時のハンドルの転把には自ずから限度があること、転把は同原告が意識してなした行為であり、頸部の過伸展を生ぜしめるものではないこと及び証人小嶋亨の証言により本件のような接触事故においては車体重量の相違は影響を及ぼさないと認められることなど総合すると、被害車に生じた揺れが乗車している原告両名の身体に影響を及ぼす程度のものであつたとは言い難い。

勿論、予期しなかつたわずかな衝撃によつても頸部捻挫等の傷害が生ずることはあり得るが、原告志賀は助手席でシートを倒して仮眠していたのであるから、加害車の衝突、接触が同原告の頸部、腰部に影響を与えることは通常あり得ないし、更に前掲甲第二号証の六五、六六、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる同号証の六七ないし六九、原告政時(第二回)、同原告志賀各本人尋問の結果によれば、原告政時は昭和五七年七月に交通事故により頸部、腰部挫傷の傷害を受けて八六日間入院し、その後後遺障害等級一四級の認定を受けたこと、同原告の頸椎レントゲン線像では事故前からのものとして、直線化及び第四、五頸椎間を頂点とする軽度角状後湾がみられるほか、糖尿病罹患の疑いもあること、原告志賀は昭和五三年頃に交通事故に会つたことがあり、また腰椎四、五番間等の狭少があることが認められるから、原告両名の訴える諸症状はもともと同原告らが有していた後遺障害等によるものを本件事故によるとして述べているとも推認される。

以上のほか、原告両名はその経営していた麻雀店につき、証人雪竹ヨシエの証言と調査嘱託の結果に反して本件事故から昭和五九年五月までは閉店した旨述べるなど、その供述は措信し難いといわざるを得ないことなどを総合すると、原告両名にはその主張のような傷害は本件事故により発生しなかつたと認めるのが相当である。

三  よつて、原告両名の本訴各請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 牧弘二)

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